慈悲の瞑想、継続した変化

今朝はレッドクラスに参加。

ここ数日は太陽礼拝のみと生理でお休みしていたけれど、違和感も少なくいい練習ができた。

汗も不快な程出なくなり、静かな秋の朝。

1年くらい前から、朝起きた時寝る前や練習後に簡単な慈悲の瞑想を頭の中で唱えていて、そこに変化が起きたので今回その話。

本来の長文で繰り返すこともあるけれど、短めで行うことが私は多く、

「私が幸せでありますように」

「私の大切な人たちが幸せでありますように」

「生きとし生けるものが幸せでありますように」

「私の嫌いな人たちが幸せでありますように」

「私を嫌っている人たちが幸せでありますように」

「すべての衆生が幸せでありますように」

いつも唱える時に心がザワザワしていた一文がある。

「私の嫌いな人たちが幸せでありますように」←ココ!

長く生きていると色々な人とのあれこれはあるもので、無理なら最初は唱えなくてもいいし、余計に過去の記憶を刺激する場合もある。

私もつい無意識のうちに飛ばしたり、これ心にいいのか?と思いながらも続けていた。

最近ふと、ザワザワや抵抗感が消えている事に気付いたのでとても嬉しい変化だった。

まわりまわって、嫌いな人の幸せを願うことは自分にいい影響を与える流れとなるから、心がまた一つ成長できたのかなと思う。

継続したからこそ見えた世界。

お昼は久々に友人とランチ。

この人生をそれぞれ本気で考えている、飾ることなく頭の中を言語化してスッキリ。

ケーキが美味しすぎて幸せだった。